春の歌

毎年この時期、ラジオから聴こえてくると心がふるえる曲があります。

スピッツの「春の歌」



春の曲というと、はんなりと桜色をした優しい曲や、出会いと別れをうたう少し切ない曲たちが思い出されますが、スピッツのこの曲は、強い光、まばゆい朝日、力強い生命の謳歌、そんなものを思わせます。





北陸の冬はやはり厳しい。

仕事柄、冬場に精神と身体のバランスを崩す方に出会うことが多い。

加齢や病気。
健康な私たちには理解しにくいが、何かの障害を持つ人たちにとって、こころとからだのバランスを保ち、地に足をしっかりつけて生活するということは思いのほか難しい。

重く雲の垂れ込めた空と厳しい寒さ。
長い夜と、朝が来ても薄暗く昼と夜の区別が曖昧になるような時間。
最近は少ないとはいえ、積雪で外出の機会も少なくなる。
そうした冬という季節が、少しずつ心と身体を蝕むように感じられる。


私は、冬はわりと好きなほうだと思う。
唯一楽しめるスポーツのファンスキーができるし、空気が澄んで立山が綺麗に見えるし、寒いからこそあたたかなぬくもりを実感できる。

それでも、春が近づくこの季節に、力強い春の光に似た曲を聴いて涙が出る。
いつの間にか暗く閉ざされた冬に心を少し弱くされていて、あたたかな春の訪れを渇望していたことに気づかされる。

私はいつも、「悩み」や「ストレス」とはあまり縁がない、と自分では思っている。
日々色々なことはあるにしても、不安定になることはほとんどない。
最愛のひとが伴侶であり、愛する娘がいて、自分の立つ場所が動かないことが、何よりもの癒しとなり、揺るぎない穏やかで安定した心を私にくれている。

そんな私でも、「心を放て」とうたう強いメッセージに胸が震える。
気づかないうちにうすい埃のように心に積もっていたことを洗い流し、小さな我慢や忘れようとしていた自分を解き放って、明るい朝日の中にさらしたいと思っていたことに気づく。


冬が長く厳しいほど、春の日差しをまばゆくあたたかく感じるのかもしれない。

暗い夜、凍える冬がある日終わった朝。

昨日とあまりにもすべてが違っていて、目を見張るほど世界は新しい色彩に満ちていて。
喜びや嬉しさの前に驚きに心が満たされる。
その衝撃、その感動、ことばに表せない満ち足りた涙。
その朝のことを、生涯忘れることはないだろうと思う。


暗闇の中を、厳しい寒さの中を、手探りで出口を探すひとたちに、
そんな朝が訪れることを願って止まない。



先日、冬の間心を病んで、ベッドから起き上がることも出来なかった方の家を訪問したとき。
その方は、見違えるようにさっぱりと身奇麗にされ、美しく薄化粧をして私を迎えてくれた。

「春の来ない冬はないとおもうの」

彼女の言葉である。


春は、もうすぐそこまで来ている。


Acco

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この記事へのコメント

ぐぴろん
2009年03月16日 21:19
厳しい冬と、心のどこかで待ち望んでいた春。日本海側に住むには五体満足でも冬越えする相当な覚悟が必要になるのに、体や心の自由がきかないと深いところから蝕まれてしまう気がする。春を迎えたお一人お一人に、祝い酒を振舞えたら素敵だね

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